大学教員インタビュー

権 安理准教授

権 安理准教授
公共哲学、社会哲学、公共空間論

研究内容

私の専門は、公共哲学・社会哲学です。「公共」という概念の思想・歴史と、ある特定の場所が「公共空間」となることの意義や課題について研究をしています。「哲学」を専門的に勉強したことはないとしても、聞いたことがない人はいないと思いますが、公共哲学や社会哲学というジャンルには馴染みがないかもしれません。まずここでは、一般的な哲学と、公共・社会哲学の相違/共通点という観点から、私の専門についてお話しします。

皆さんが哲学の内容としてイメージすることは、漠然とした大きなこと、例えば森羅万象の根源を考える学問というものかもしれません。あるいは、人生の意義は何かといった思春期に悩む!?ようなことを深く研究する学問というものかもしれません。確かにどちらも哲学のテーマですが、これらは文学でも扱われるものでもあり、多くの大学では文学部で哲学を専門的に学ぶことができます。このような意味で、大きく言うと哲学は、(文学に代表される)人文科学の中の一学問として位置づけられもしますが、公共・社会哲学はそれとは少し違っています。人文科学というよりも、むしろ社会科学の諸学問(政治学、社会学など)と関係が深い哲学、より詳しく言うと、(例えば共同や闘争といった)政治現象を哲学的に考えるのが公共哲学、社会現象を哲学的に考えるのが社会哲学で、「人と人の関係(公共・社会・政治)」を主な対象としています。ただし他方で、公共・社会哲学も哲学であるがゆえに、“文学的哲学”と方法論において共通点を持っていますが、それは、「そもそも論」と「規範理論」という特徴です。前者は、一般的な哲学のイメージと重なるかもしれません。既存の価値観を前提に思考・研究するのではなく、価値観それ自体も批判的に検討するというものです。例えば、私は日本の公共観の変遷について研究していますが、変遷過程を分析するのみならず、それが戦後日本の歴史で求められてきた根本的な理由や、公共という概念の存在意義についても考えます。したがってこの考察は、結局のところ「公共はどうあるべきなのか」という規範とも結びつくことになります。

ここで例に挙げた公共に関する研究は、私が大学院修士課程、博士課程、そして教員になってからもずっと関心を持っているもので、その成果は「『公共的なるもの』の概念と展開――アーレントの思想の再検討と、戦後日本における『公共的なるもの』の変容」と題する博士論文にまとめました。これを大幅に加筆修正したのが、2018年に作品社から刊行した『公共的なるもの――アーレントと戦後日本』という単著です。戦後日本の諸言説において公共はどう位置づけられてきたのか、なぜ求められてきたのか。なぜ左派(市民派)も右派(国家主義者)も異なる立場から公共を評価してきたのか。歴史過程を丹念に追いながらも、そもそも公共とは?…という哲学的な考察をする書物です。この本を出版して、公共という概念それ自体に対する思想的・歴史的な研究は一区切りついた(と自分としては思うところもあった)ので、社会統合の新たな形としてのシェアや、「公共空間の形成」という具体的なテーマへと関心が移っていますが、後者については「実践的な取り組み」で紹介します。

研究指導

大学院では、福祉人間学研究という授業を担当しています。これまで、アマルティア・セン著『不平等の再検討』(岩波書店)や、マイケル・サンデル著『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)、拙著『公共的なるもの』(作品社)といった文献を輪読してきました。オンライン授業になった今年は、まずは教員がパワーポイントを使ってわかりやすい形で公共・社会哲学のテーマを提示し、その後、受講生と教員で議論をしています。受講生の関心はスポーツ社会学、スポーツ医学、福祉と全く異なるので、どのジャンルでも必要とされる人間・公共・社会観の基礎知識を習得できるような授業にすることを心掛けていますが、毎回、大変興味深い意見交換ができています。

実践的な取り組み

公共に関する思想的・歴史的検討のほかに、近年では「公共空間の形成」というテーマを研究しています。より具体的には、例えば廃校活用について研究しています。廃校はその学区の児童生徒数が減少して学校が閉鎖することで生まれますが、近年では一年間で450程度の公立小中学校が廃校になっています。廃校はコミュニティの弱体化を端的に示す社会現象の一つですが、その廃校を活用することを通じて、地域活性化やコミュニティの再形成をする事例が見られています。行政がつくった「公共施設」が閉鎖されたあと、例えば地域住民やNPO主導で廃校活用がされることを通じて、開かれた「公共空間」として蘇っているのです。この意義や課題について、公共の変容や再編成という観点から研究していて、日本全国様々な廃校に調査に行っています。

また昨年は、豊島区と協力して小規模公園という地域の公共資源を、どうしたらより生かすことができるのかを考えてきました。都内には小さな公園(固定遊具と砂場とトイレ…がある公園)が無数にありますが、必ずしも有効に利用されているとは言えません。地域住民とのワークショップに参加したり、ゼミで議論したりしながら、公園の活用法やあり方について検討してきました。公共が、廃校や公園といった具体的な場所や空間でどう生成するのか、すべきなのかをフィールドに出ながら研究しているということです。

受験生へのメッセージ

多くの学生は学部を卒業したら就職します。大学院に進学することは、友人と違う道を選び、学問の道に進むことになるので不安も大きいと思います。他人と違うことをするので“孤独”な面があるのは確かで、また他人以上の努力をしなければならない(あるいは、しないと周りが納得してくれない)部分も多々あります。しかし他方で、大学院では新しい出会いもあります。それは、今までの学生生活では知り合えなかったような調査先でお世話になる大人であったり、学部生時代はあまり話したことのなかった大学の教員であったりします。一緒に研究をする新たな学友もできますし、何と言っても未知の学問、興味深い文献との出会いもあります。古の哲学者のデカルトは、「書物という世界」の研究を極めた後、「世界(世間)という書物」への旅に出たと自著に記していますが、大学院は、まさに「書物という世界」と「世界という書物」を往復する旅(探求・探究)をする場だと思います。