大学教員インタビュー

木下 武徳教授

木下 武徳教授
貧困対策、社会福祉政策

研究内容

私が現在の研究テーマである福祉政策に関心を持ったきっかけは介護保険制度の実施です。私が大学生だった時にちょうど介護保険法ができました。介護保険制度は、これまで行政が責任を持って介護サービスを提供する仕組み「措置制度」から、行政は民間団体のルールづくりと介護サービスにかかった費用の9割を出す役割に後退し、利用者は民間サービスを購入する「利用契約制度」に変わりました。ただ、そうした介護保険法が成立する前には、行政の福祉に対する公的責任はどうなるのか、社会福祉の権利は民間企業にお金を払える人に限定されるのか、など大きな議論になっていました。他方で先駆的な社会福祉法人があったり、阪神淡路大震災後のNPOに対する期待などもありました。そこで、福祉政策における行政責任と民間の役割とは何かということに大きな関心を持ちました。
その後、福祉サービスにおいてNPOの大きく活躍する国としてアメリカが注目されてきたので、アメリカではどのようにして福祉政策を実施しているのかということにも関心を持ちました。特に、1996年の福祉改革で公的扶助における就労重視政策、ワークフェアを大きく導入したり、福祉事務所も営利企業やNPOに委託している事例があることを知り、アメリカの研究を進めました。それが私の修士論文・博士論文のテーマになりました。

現在の主たる研究テーマは以下のような研究です。
第一に、アメリカの福祉政策、とりわけ公的扶助政策の研究です。先述の通り、アメリカの福祉政策、特に公的扶助ではワークフェアの取り組み、その就労支援における企業やNPOの参入が進められています。他方、そもそもNPOの活躍やそれを支える財団や寄付行為等の取り組みがとても進んでいます。また、結果として、連邦政府や州政府の福祉政策は十分なものになっていません。こうしたアメリカの福祉政策の特徴を日本の福祉政策と比較検討しながら明らかにしたいと考えています。
第二に、日本の貧困対策や生活困窮者支援に関する研究です。一つは生活保護制度の実施過程に関する研究です。生活保護制度は国の制度ですが、地方自治体によって、また、ケースワーカーによって実施されていますが、自治体やワーカーによって対応が異なるとよく言われています。これらの特徴は2015年にできた生活困窮者自立支援制度では、より顕著に現れています。こうした問題に対して、「福祉組織論(Human Service Organization)」、「ストリートレベルの官僚制(Street Level Bureaucrat)」、またそれを合わせた「ストリートレベルの組織(Street Level Organization)」をキーワードに検討をしています。
第三に、福祉政策・福祉組織・福祉サービスにおける市民・利用者参加に関する研究です。いろいろ行政責任と民間の役割を考えたところ、重要なことは、福祉政策、福祉サービス提供団体、福祉サービスを市民や利用者により統制できているかということが重要な視点であることに気づきました。これについては「コ・プロダクション」アプローチが提唱されており、これをキーワードにして考えています。また、その一環として、福祉サービスについての不服申し立てや苦情対応、オンブズマン制度、事業評価の仕組みも検討しています。
第四に、聴覚障害者のコミュニケーション支援(手話通訳制度等)と生活支援に関する研究です。学生時代より、当事者団体や支援団体の実施する聴覚障害に関する調査研究に関わってきました。手話通訳の設置事業、派遣事業、近年は電話リレーサービス、遠隔手話通訳等も制度化されてきており、それがどう利用者に影響するのか考えています。

主な研究業績は以下の通りです。

①(単著)『アメリカ福祉の民間化』日本経済評論社、2007年
アメリカの社会福祉政策を行政と民間との歴史的な関わりという視点から現状を明らかにしたものです。特に、1996年福祉改革における福祉事務所の民間委託がどのように実施され、どのような問題をもたらしたのか、また、行政とNPOの関係をどう構築するのかを検討しました。

②(共著)『生活保護と貧困対策―その可能性と未来を拓く』有斐閣、2018年
日本の生活保護とその他の貧困対策について現状とその対策の方向について明らかにしたものです。私の担当章では、福祉事務所の組織問題の捉え方や権利保障の仕組みのあり方についてアメリカとの比較等をしながら検討しました。

研究指導

私はコミュニティ政策研究1を担当していますが、ここでは、福祉政策のあり方について検討しています。福祉政策そのものを考える前に、そもそも社会の状況・生活問題の現れ方が異なり、そうした要因に規定されながら、福祉政策が形成されるということを理解できるにしたいと考えています。そうしなければ、実際の生活問題にうまく対応できない福祉政策を推進するような間違いが生じかねないからです。何のための福祉か、誰のための福祉課を基本に据えて考えていきます。
院生は年齢的にも大人ですし、また、具体的な研究テーマを持って入学しているので、それを尊重しつつ、どうしたらその研究ができるか、また、どのように学位論文を書いたらいいのか方法論を重視しながら教育に携わろうと考えています。研究をしたり、論文を書くのは院生自身で、教員が代わりにかくことができませんので、基本はサポートだと考えています。特に、院生は、修士は2年、博士は3年と短い間にある程度きちんと成果が出せるようにしないといけないので、それに向けて叱咤激励しながら学生の研究のサポートをしていきたいと思います。
現在、博士後期課程の学生3人と論文博士を目指している学生1人の合計4人の博士論文指導に携わっています。どのような研究をしているのかを簡潔に述べますと、①生活保護の地方自治体の裁量問題、②海外の児童虐待防止法の成立過程、③生活困窮者の就労支援と社会的企業の関わり、④海外の自死遺族の生活問題、について研究しています。
どれも大変難易度の高い研究テーマだと思いますが、研究の進め方、論文の書き方、学会発表、査読への対応などについて助言をしたり、疑問点等について相談にのっています。

実践的な取り組み

※ロサンゼルスで活躍している民間の法律支援団体に訪問した時の写真です。日本にはこういった団体はあまりありません。

私の研究テーマから、アメリカや日本での福祉事務所やNPO・財団、営利企業等への現地調査を重ねてきました。興味深いこととして、日本の福祉事務所のワーカーの机は島状につけて顔を見合わせる形ですが、アメリカではパーティションで個室を作って仕事をしています。行政学でいう大部屋主義、小部屋主義を目の当たりにすると政策の根本が違うのではないかと痛感させられます。

また、近年は生活困窮者自立支援制度の自立相談支援事業について現地調査を重ねてきました。これも役所のなかでNPO職員が相談員になったり、相談を企業やNPOに委託したりと、その実施の仕方が自治体によって極めて多様です。そうした実施形態の差異がどうサービス利用に影響するのかを考えています。

受験生へのメッセージ

福祉政策は、国の制度ですが、自治体や民間団体、さらには職員によってサービス提供の中身が異なってきます。国のルールが厳密なのになぜ異なるのか。そこにどのような問題があるのか。それはどう解決できるのか。そうした研究の根っこには、福祉政策をより良いものしたいという思いや熱意があると思います。
大学院の研究は、そうした思いや熱意を、日本や海外の知識や知見をかき集め、また、現場にいってより現実的な対応ができるよう、それぞれの地域や団体をイメージしながら考え、具体策にしていく非常にクリエイティブな作業だと思います。
福祉政策に思いや熱意がある方、ぜひそれを実現してきましょう。そのためのサポートをしていきたいと思います。