博士後期課程で学ぶみなさんへ

コミュニティ福祉学研究科 博士後期課程専攻主任 濁川孝志

nigorikawa-s「博士」の学位を取るということは、自分の専攻する学問分野に関して深い知識を有し、オリジナリティの高い研究成果をあげたということの証です。従って博士号を修得した人を、世間は一人前の研究者として認めます。しかし見方を変えれば、それは研究者としてのスタートラインに立ったということに過ぎずません。そして博士号など持たなくても、立派な研究成果を挙げている学者は世の中に大勢います。要するに、博士号など所詮大した肩書ではないのです。それよりも、研究者として大切なことがあります。それは、研究の作法をわきまえ謙虚で真摯な研究者としての姿勢を忘れない、ということです。学究の徒として真理を探求する行為は、喜びと苦悩に満ちた営みです。自分の仮説が立証された時の嬉しさ。逆に予想通りの結果が得られなかった時の戸惑い。しかし多くの研究者が語るように、失敗に終わった実験や予想外の結果の中から、これまでの常識や発想を大きく転換するような新しい示唆が得られるのも事実です。そのためには、自分の予想や仮説に囚われることなく、そこにある事実をあるがままに観察し、得られた事象の意味を予断を交えず探求する姿勢が求められます。ともすると、私たちは自分の考えに囚われがちです。凝り固まった発想は、時に目を曇らせ大切な事実を見えなくするかもしれません。自戒も込めてみなさんに言いたいのは、「目の前の現象や結果に対して常に謙虚でありたい」「予断や憶測で目を曇らせてはならない」ということです。STAP細胞で話題になった、研究倫理に反するような行為はそもそも論外です。

いくつかの失敗や挫折を乗り越えて、小さな小さなほんの小さな真理の一端を見つけた時、あるいは自分なりの理論が導けた時、そんな時こそが研究者に与えられた喜びの瞬間でしょう。みなさんの研究が挫折や失敗を経験し、なおかつそれらを乗り越え、いつか大きく成就することをお祈りいたします。